七十歳台の危機管理意識


公開 (UL): 2018-06-18
更新 (UD): 2018-06-18
閲覧 (DL): 2020-10-27

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● 言葉の本来の意味を無視する七十台

 ある日,母から電話がかかって来た。何でも,知り合いが写真を添付してくれたメールがあるから,それをコピーするのしないのという話。でも,そのメールが残ってさえいれば写真はいつでも見れるのだから,他の人にデータを直接渡すとかでない限りコピーする必要なんかないのに,いったいどこに何のためにコピーしようとしているのか……と疑問に思いつつ話を聞いていたのだが,どうも返答がちんぷんかんぷん。
 あーでもないこーでもないとしばらくの間やって分かったのは,どうもその「コピー」とは「印刷」のことらしい。「コピー=データ複製」という本来の意味がどこかへスッ飛んだまま,「コピー,コピー」と繰り返しているから,真意が分かるまで非常に時間がかかる。「メールの写真をプリントしたい」と言えば,たった 14 文字,数秒で済む話に,いったい何分かかっただろう。
 だとしても,別に特別な操作など要らない。該当のメールを表示した画面で,添付されている写真の一覧から印刷したいものを「開く」操作をすると画像が大きく表示されるので,あとはその画面で印刷の操作をすればいいだけの話。しかし,それが分からないと言う。
 もしかすると,何らかのきっかけで,印刷できない特殊な状況になっているのかも……一応その可能性も疑った。
 じつは実家の母のパソコンには「リモートデスクトップ」と呼ばれる機能が設定してあり,インターネットにつながっていれば,それを経由し離れた場所のパソコンから画面を見ることができるようにしてある。前述「コピー」云々の段階で言うことがちんぷんかんぷんなくらいだから,画面に何が表示されているかとこちらから状況を聞いたところで,まともに理解できそうな説明は期待できない。そこで「リモートデスクトップ」機能を使って,母が使っているパソコンの画面につないだ。

● 「思い込み」で行動する七十台

 イザ母の画面を見ると,写真を開いた画面の下のほうには「印刷」のボタンがちゃんとあった。いつもこういう時にしているアドバイスとしては,「メニュー項目やヒント(ボタンにマウスを乗せると表示される文字)を片っ端から読みなさい」と言っている。「そのボタンを押してね」と説明するよりも,「方法の見付け方」が自分で分かれば,以降はアドバイスしなくてもできるようになるだろう……という期待がある。ところが,母が操作している画面を見ていると,「片っ端から読む」ところまでは実行してくれているようなのだが,並んでいるボタンのうち右端から数個を確認すると,なぜかそこで止めてしまっていた。そのもうひとつ左隣に「印刷」のボタンがあるのに……。で,「ない,ない」と騒いでいたワケだ。「印刷ボタンなどない」と「思い込んで」操作している感じ満タンなのであった。
 「なくはない,あるよ」とだけ言い,とにかく自分で見つけ出して進めてもらおうと,しばらく放置した。何度か確認するような動きがあって,何回目かにやっとボタンに気付いて「印刷」の画面に進んだ。
 しかし,似たようなことをもう何度か繰り返している。本人は「自分の確認が不十分だった」という認識には至らないのかと不思議に思う。

● 電話代を気にしない七十台

 こんな調子のまま「電話」で話しながら進めると,電話代がとんでもないことになりそうだ。そこで,一旦電話を切って,画面だけで指導をすることにした。じつは,設定してある「リモートデスクトップ」は,相手のパソコンの画面を「見るだけ」ではなく,キーボードやマウスで操作することもできる。母のパソコンに文字を表示する画面を出して,そこにこちらから文字を打って説明をする「擬似チャット」方式で対応することにした。それなら,電話代は一切かからない。
 もしこれを,実家に行って直接伝えていたとしたらどうだろう。電話代がかからない点は同じとしても,往復分の交通費と相応の移動時間が必要になる。「リモートデスクトップ」を利用すれば,それらが不要となる分,相当な省コスト化と時短,省力化が実現できる。
 まぁ,半ばそのために,母のパソコンに「リモートデスクトップ」を設定しておいたようなところもある。今回のように,急に調整が必要になった時でも,出費や時間の無駄を抑えられるようにという,私のささやかな「危機管理意識」といったところ。

◆ 障害者向け指導にも役立つ「リモートデスクトップ」

 この「リモートデスクトップ」という仕組みは,別にインターネットを経由しないと使えないわけではない。私は障害者向けにパソコン指導をすることがあるが,そうした「目の前でパソコンの操作方法を指導する」時にも,この「リモートデスクトップ」は重宝する。障害者本人が操作するパソコンの他に,こちらが操作するためのパソコンを用意しておき,ネットワーク(たいてい無線 LAN)で接続して「リモートデスクトップ」を使えるようにすれば,同様なことができる。間違いの修正や操作の手助けが必要になった時は,わざわざ「障害者仕様」の設定がしてあるパソコンに横から手を伸ばしたり,一旦その使用者の車椅子をどかしたりキーボードを自分の手前に持ってきたりすることなく,その人のパソコン画面を「リモートデスクトップ」で呼び出し,自分のパソコンから操作すれば済むわけだ。
 こうした「リモートデスクトップ」の使い方の話をほとんど聞かないのが不思議なくらい。
 ちなみに,Windows には「リモートデスクトップ」に相当する機能が元から搭載されてはいるが,少なくとも過去に私が試した時は,あまりにもよく固まった。身体に事情を抱えた障害者は「パソコンが数少ないコミュニケーション手段」という方も多く,度々固まるようでは困るので,Windows 搭載機能とは別の VNC と呼ばれる方法を使っている。

● 文字を読まず意味を理解しない七十台

 母のほうは「印刷ボタン」の存在まで分かったのだから,あとは表示される「印刷ウィザード」に従って[次へ]のボタンを押していけばいいだけの話……のはずだが,それが一筋縄ではない。やれ,印刷したい写真が出ないとか,「きれいモード」にできないとか言う(=画面に書いている)のだが,全ては表示される画面やボタンの表示をしっかり読めば分かりそうなこと。それが理解できていない……というか,読んでいるかどうかも怪しい。理解できないのなら余計なボタン押さなきゃいいのに,やみくもに操作する。[全て選択]なんてボタンを押すから,元々印刷する必要のない画像も印刷対象にしてしまう……だけでなく,直後に印刷しようとしていた画像のチェックを外してしまったりする。見ていて「なんで?」と思っていると,その状態で[次へ]行っちゃうという。それじゃ印刷したい写真など出てくるワケがない。そこでも,全く関係ない[プリンタのインストール]なんてボタンを押しちゃう。出て来る画面は,新しいプリンタを設置した直後に使えるようにするもので,今まで使っているプリンタとは無関係。「きれいモード」以前の問題。「きれいモード」云々なら,押すべきはそこにあるもう一つのボタン[印刷の基本設定]のほう。ボタンを押す前にそこに書いてある言葉の意味を考えないのだろうかと思う。
 おそらくそう問うたところで,返ってくる答えは想像がつく。「だって分からないから」……いやいやいや,そもそも「インストール」とか意味が分からないなら押さなきゃいいでしょ。「基本設定」とか,何とか意味の分かりそうなボタン押すなら分かるが,なぜ意味の分からないボタンを押すかね。だから,余計にどうすればいいか分からなくなり,悩まなくてもいいところで悩み,時間を浪費するんでしょーが!
 つくづく電話じゃなくてよかったよ。でも,こんな操作を次々とやってくれるから,その都度「そこじゃねぇ!」と画面に書いて伝えるほうもたいへん……なのは察してほしい。
 といった感じで,すったもんだして,どうにか印刷できたようなのだが,今度は印刷品質が不満のよう。やれスジが出るだのなんだの……。「リモートデスクトップ」では,印刷前に画面に表示された画像は見れるけど,さすがに印刷したものまでは見れない。
 パソコンに「カメラ」が付いていれば別だけど。カメラが付いていれば,画面に映った周囲の様子なども,「リモートデスクトップ」の画面経由で見れるだろうから,印刷したものをそこに映してもらえばいいことにはなる。介護福祉分野での応用を考えると,入所施設に離れて暮らす家族の様子を,とりあえず見ることくらいはできそうだ。ただ,母の写真ごときに,そこまでの設備投資の必要性は感じないが。
 じつは母が使っているプリンタはかなり古く,XP の前世代,ME 時代のシロモノ……いや,白物家電ではないが……色は白だけど。それはともかく,だから,本来ならいい加減「寿命」で,「替え」の印字ヘッドの部品さえもう手に入らない。
 なので,今どうこう言ったところでどうしようもない。せめて,印刷モードをいろいろ変えて試し,納得できる印刷品質を探すしかない。
 とはいえ,お昼も近くなっていた。画面に「一旦このままにして,昼食の準備でもしたら?」と書くと,その後母のパソコンの画面は動きが止まった。どうやら昼食の準備に専念し始めたようだ。

● 起こり得る事態を想定できない七十台

 こちらも昼食タイムだったが,パソコンには母の画面が表示されたままになっていた。
 しばらくすると,画面があやしげな動きを始めた。マウスが不規則的に意味不明な動きをしたり,特定のキーが押し続けられて「同じ文字が繰り返して入力される」ような現象。およそ「文章」を打とうとしている感じには見えないので,添付写真を印刷するため表示していたメールに母が返信しようとしているとも思えない,変な挙動。
 原因は何となく想像がついた。じつは母のパソコンが置いてある部屋には……猫が居る。しかも,そいつのお気に入りの場所は,陽の当たる箱の中か,パソコンの上かのどちらかだ。「これはヤツの仕業だ……」と直感し,変な操作が見られたら,こちらから「取り消し」操作をして打ち消すなどの対応に追われた。
 それにしても,母は何している? 画面には,印刷したい写真が添付されたメールが出たままだ。「リモートデスクトップ」ってのは,表示を見たりパソコンを操作することはできても,そっちにいるネコをどうこうすることはできねーんだぜ?

 そこに突然,こんな表示が現れた。

Shift キーが8秒間押されました。××機能を有効にしますか?

 じつはパソコンには,障害者向けの機能がいくつかあって,その中に「フィルタキー機能」と呼ばれるものがある。それは,キーをしばらく押し続けないと入力が起きないようにするもので,「不随意運動」を伴う障害などで,押したいキーを一発で押せずに,周囲にある別のキーを押してしまったり,「ふるえ」によって何度も同じキーを押して不要な文字入力をしてしまうことを防止する機能。[Shift] キーを長押しすることで,その機能が呼び出される設定になっていたらしい。
 でもそんな機能が働いたら,事情を知らない母なら,あとで「文字が出ないのよ~!」とパニックするのは必至! 慌てて [ESC] キーを連打して,取り消した。

 しばらく似たような攻防が続いたあと,今度はこんな表示が現れた。

この操作は元に戻せません。……

 「えっ?!」と思ったのも束の間,一瞬で表示は消えた。表示を全部読めなかったため,その時は何が起きたか分からなかったが,その後に画面をよくよく見て把握した。添付の写真を印刷するため表示していたメールが消えていたのだった。どうやらヤツは [Delete](削除)キーを押したらしい。
 とはいえ,普通なら直ぐ跡形もなく消えるわけではなく,一旦「削除済みアイテム」とか「ゴミ箱」と呼ばれるフォルダに入るから,あとでそこを漁って戻せばいい話。しかし! あるキー操作をすると「ゴミ箱に入らず即効で削除される」のだ! たぶんそれで「元に戻せません」の表示が出た可能性がある。その操作とは……[Shift]+[Delete] なのである。思い出して欲しい。ヤツは「[Shift] キーを押しっぱなし」にしていた可能性があるのだ!
 こうして,母が印刷したかった写真が添付されたメールは,パソコンから跡形もなく消え去ったのだった。

 その数分後,同居している別の家族から送られて来た写メがコレ!

▼ その時の母の PC の状態
その時の母の PC の状態

 そのメールの本文には「母は買い物に出かけました」とさ。何でパソコン開けっ放しで行くかね?! いつもパソコンにネコが乗ってくるの知っているはずなのに……。
 母のパソコンに「リモートデスクトップ」の設定をしておいたのは,ささやかな「危機管理意識」と書いたが,図らずもその機能によって,「使おうとしていたメールを跡形もなく猫に消される」瞬間を目の当たりにするハメに。猫の居る部屋でパソコンを開けっ放しで出かける母の前に,「危機意識」は報われないのであった。

 たぶん伝記作家だと思うが,パム・ブラウンという方が,こんなことを言っているらしい。

▼ パム・ブラウンの言葉

ネコはどこに座れば不便になってしまうか、その正確な場所を数学的に計算できる。

▼(出典)偉人・著名人たちの猫にまつわる32の名言・迷言 - らばQ
http://labaq.com/archives/51466355.html

● 少なくとも俺より「危機管理意識」の薄い七十台

 とはいえ,じつは母のパソコンのメールは,サーバから直ぐには削除せず,数日は残すように設定してあったので,直後に別の方法でサーバに残っていたメールを呼び出し,何とか印刷はできた。
 「メール」の仕組みを知らないとよく分からないかもしれないので,簡単に説明すると,メールというのは携帯電話やパソコンに直接届くのではなく,「(メール)サーバ」と呼ばれるコンピュータに届き,その中の「私書箱」のような記憶領域に,アドレスごとに保存される。携帯電話会社のメールだと,受信したサーバから自動的に内容を端末(携帯電話)に送る機能が働くようになっているが,パソコンの場合,自分の「私書箱」にメールが届いているかどうか,パソコンからサーバに読みに行く仕組み。その時に,パソコンに読み込みの済んだメールをサーバの「私書箱」から消すか消さないかは,メールソフトで設定できるようになっているのが普通。つまり,母の使うメールソフトに「直ぐ削除せず,○日後に削除する」設定をしておいた,というわけ。
 この「直ぐにサーバから削除しない」設定の本来的な利用法は,据え置きのデスクトップパソコンと,持ち歩くスマホなど,複数の端末で,同じアドレスに届くメールを読みたい時などに使われる。パソコンで読んだメールも,サーバに残してある間は,別の時間にスマホなどの他の端末からでも読める,といった具合。
 また,私がパソコンの指導をしている方で,障害があるため入所施設で暮らしている方がいて,離れて暮らすご家族がその方のメール管理を補助するため,同様な設定を利用している。メールには,様々なリスク……たとえば,迷惑メールやウイルス付きのメールが届いたり,送信の時にも,相手に対して失礼な内容を書いてしまったり,宛先を間違ってしまったりなど……が考えられるので,メールの管理をその方だけに任せるのは不安が大きい。とはいえ,ご家族は離れて暮らしているため,送受信の時にチェックするわけにもいかない。そこで,複数の端末から読めるよう設定すれば,本人が所有するパソコンはもちろん,離れて暮らすご家族の持つ端末からもチェックできるようになる。またその方の場合,送信したメールは,自分自身にも BCC で返ってくるよう設定したので,「送信したメール」もご家族が確認できるようになっている。
 ただ,この「自分自身にも『自動で』BCC で返ってくる」ようにする設定,Outlook というメールソフトではかなりむずかしい。利用したい時は,別のメールソフトを使ったほうが無難。

 一方,今の母のように,メールを送受信するものが「特定のパソコンだけ」といった唯一の端末である場合は,他から読むことはないので,残しておく必要性は薄い。でも敢えてその設定をしておいたのは,今回のように「ネコが跡形もなく削除する」といった「万が一」の時のことを考えた,これまた私のささやかな「危機管理意識」といったところ。
 でも,ご想像いただけると思うが,その「メール復活」の説明のために,またパソコンの画面に貼り付いてあれこれ指示するハメになった。いわば,メールをサーバに残しておいたがために,説明に何時間か費やされたわけで……やはり「危機意識」のある者って報われないのか。

◆ みんなそうだと言うつもりはないが……

 「危機管理」で思い出したのは,最近あった日大アメフト部タックル問題でのある人のこと。この問題は,日大アメフト部の監督やコーチの指示で,「相手選手に怪我をさせろ」という意図の有無が問題視されているものだが,「ある人」とは,コーチと既に辞めた前監督の記者会見で司会をした人のこと。「謝罪」の意味合いもある会見で,記者に対するぞんざいな対応が反感を買った。会見を見た人が書いたコメントに,「油を注ぐどころかガソリンをかぶって飛び込んでいる」というものがあった。ネットで批判が噴出することを「炎上」と言うが,マサに言い得て妙。あの方,あれで「危機管理」担当らしいって話だから驚く。
 「もしや……」と思い年齢を調べたら,その司会者,ウチの母よりも数歳下。同じ七十台よね。
 だからって,七十台がみんなそうだと言うつもりはないが……敢えて言うと,2011 年の震災で福島の発電所がメルトダウンした時の社長もまた七十台。あの事故で強制起訴されている残りの2人は数年ずつ下のよう。当時七十台ではなかったかもしれないが……まぁ,近いけど。
 日大や東電に限った話ではなく,企業や組織で「経営者」的な立場にいる人たちはその辺りの年代が多いのだろうが,ここ最近のニュースを見ていると,その「危機管理意識」を疑いたくなるものばかり。少し前のエアバッグのタカタに始まり,神戸製鋼,日産自動車,スバル,三菱マテリアル,東レ,新幹線台車亀裂問題の JR 西と川崎重工業,文書は改ざんし説明もちぐはぐな国税庁とナントカ学園,日報廃棄問題の防衛省……と,挙げればきりがない。

 その年代がみんなそうだと言うつもりはないが……何か共通点でもあるのだろうか。
 今その世代の方々の少年期から壮年期にかけてというと,終戦前後の「産めよ増やせよ」の頃から「高度成長期」あたりだろうか。人口が右肩上がりに増えるから,何であれビジネスを始めれば,「需要」があとから追いかけて来るような感じで,あまり「失敗」することなど心配せずに突き進んでも「何とかなっていた」時代だったかもしれない。
 だとすれば,「危機意識」が薄いのは何となく合点がいく。「危機意識」などなくても何とかなっちゃうから,「危機意識」の薄さ故の失敗があったところで,「名誉挽回」とばかりに「がむしゃらに働く」うちにうやむやになり,いずれマイナス面も補われていく。とはいっても,そうして何とかなったのは,がむしゃらに働いたおかげ「ではない」。「高度成長期」ともなれば,ほうっておいても成長傾向なわけだから,なぜ失敗したのかについていつまでも論じているより,とにかく先に進んでプラスになればよし……そういうことだったのではないか。
 だから,失敗の内容を直視し,反省に活かす機会はなかったのではないか。そしてそのまま,やがてその時代に成長したことだけが「功績」扱いになり,今その人達が「管理職」クラスへと上り詰めた感じ。彼らの中では,「がむしゃらに働いた」ことと「危機管理なき功績」が結びついているから,部下には「がむしゃらに働く」ことを求める一方で,上司の自分は「危機管理意識が希薄」という構図になる。過労が原因の病死や自殺が増加する反面,危機管理,コンプライアンス,ガバナンス意識の薄さの問題が次々と露呈。でも,その対応は後手後手で思慮のないものになる……という昨今の状況が重なって見える。
 今,社会でいろいろな問題が起きるのは,組織を主導する「管理職」的立場の年代の人たちが,「危機意識などなくても何とかなっちゃう」という,残念な時代の感覚を引きずっているからではないだろうか。
 もう人口は「右肩上がり」ではないのだが……。

◆ 「危機意識」≒「辞める判断」

 一方,この手の話で個人的にいつも気になるのは「辞めた人たち」のこと。日大アメフト部で言うと,問題の監督ではなく,その前監督が就いた直後に辞めた部員が 20 人ほどいたようだが,その人たちのほう。東電の原発問題や,最近噴出している品質管理問題でも,問題が表面化する前に,やはり当時の社長や上司の判断に疑問を抱いて辞めた社員が居たとしても不思議ではない。
 「危機意識」の観点で言えば,その「辞めて行った人たち」のほうが正しかったわけだ。でもおそらく当時,アメフト部なら「いくじなし」とか,他の会社なら「上司にタテ付き,仕事に熱心じゃないヤツ」よばわりされていたのではないだろうか。
 「辞めた正しさ」は,いつも「評価されない」。こうした事件が発覚しても,いつまでも「いくじなし」とか「弱虫」,「誠意のない社員」扱いされたままになるのが世の常。既に辞めた人を追跡してまで注目することはかなり困難なのかもしれないが,のちに該当部署に重大な問題が表面化したなら,辞めたことは結果的に正しい判断だった可能性があるのだから,「どこで『辞めたほうがいい』と判断したか」は重要なはず。「こんな指示は理不尽だ」と「気付いて」,それを突っぱねたのはある意味「危機意識」であり,そこが注目されないから「いくじなし」扱いをした側の「危機意識のない人たち」がいつまでも問題視されず,指導者的立場に居座り続けられることになり,似たような問題が絶えないのではないだろうか。
 そうした厳しい指導の元で辞めて行った人たちが「いくじなし」とか「弱いヤツ」扱いされるのが常だが,前述した点を踏まえると,指導や指示の理不尽さに反発して辞めて行った人たちと,指導を鵜呑みにして残った人たち,果たして「弱いヤツ」はどちらなのかと思う。

 やはり「危機意識」を持つ者は報われないのか……。しかし,正しい判断をした者が報われない社会に,明るい未来の礎が根付くこともないと思う。

 先日のニュースによると「働けない理由」もないのに働いていない人……いわゆる「NEET」と呼ばれる人たちが 195 万人ほどいるらしい。まぁ,普段ただこんな文章を書いているだけの今の私もそこに含まれるかもしれないが。でも,「働き過ぎ」で亡くなる方は多いけど,「NEET をこじらせて」亡くなった話など聞かない。どちらが「正しい判断」だろうか。人手不足の解消や労働環境改善のために,働くことを止めてしまった人たちに話を聞いてみてもいいんじゃないか?



© M.Ishikawa; TREEWARE 2020.