先日,電話が鳴ったのだが,入浴中だったんで,とりあえず出るのはあきらめた。多少なりとも重要な用事なら風呂上りにでもまたかかって来るだろうから,その時に出ればいいと思っていたのだが,呼び出し音5~6回ほどで切れてしまい,二度とかかって来なかった。
ひょっとすると「アンケートかな」と思った。ここ数年ほど,かかって来る電話といえばアンケートばかりで,しかもその内容も同じ質問と回答の繰り返しなものだから,最近は面倒になり,アンケートと分かった時点で電話を切ることも多くなっていた。実際にアンケートだったのだとすれば,そのために濡れた身体で慌てて出たりして廊下を濡らさずに済んでよかった……当初はそんな程度に思っていたのだが,その後,「果たして,マスコミが公表する『内閣支持率』というのは,信用できるのか?」……そんな疑惑がじわじわと湧き上がって来た。
勘の鋭い人はこの時点で「ははぁ~ん」と思っているかもしれない。入浴中の電話がなぜ「内閣支持率」の話につながるのか,「???」と思っている方のために,以下でネチネチと解説したい。
● 面倒な電話の使われ方
電話が鳴った時は,ちょうど入浴中でズブ濡れだったこともあって,無視することにした。重要な用事ならまたかけて来るだろうし,その時に風呂から上がっていれば出ればいいと思っていた。
ところが,呼び出し音が5~6回ほど鳴っただけで切れてしまった。何か用事があってかけて来たなら,もう少しは待つのではないか。火を使う作業中で簡単に手を離せない可能性などもあるから,できれば 20
回……1分が無理なら,せめて十回くらい待ってくれてもいいのに……と思ったが,30 秒も経たずに切れたと思う。しかも,二度とかかって来なかった。何か「伝えたいことがあって」電話して来たのなら,その要件を伝えられるまで再ダイヤルくらいしてくれてもよさそうなのに。
……妙だな。(←じつは一編も観たことない)
青山さんのは「YAIBA」あたりは時々読んでいた。といっても,通学していた学校でよく居た部屋に時々置いてあった週刊誌見ていた程度だけど。だから,どんな話で,いつ終わったのかもよく知らない。
一部の人にしか分からない話はさておき,電話は,ひょっとするとアンケートかなと思った。数年ほど前から,かかって来る電話といえば,家族以外は勧誘かアンケートばかり。電話帳への記載を止めてもらったら,勧誘は来なくなった。残るは,RDD と呼ばれるアンケートだ。ランダムな番号に電話するから,電話帳に載せなくてもかかって来て,防ぎようがない。まぁ,そんな人の意見も反映するための方法ではあるが。
呼び出し音の待ち回数が少なくて,しかも二度とかかってこない電話は,なぜアンケートの可能性が高いと言えるのか。まず,ある番号で誰も出なかった時は別の番号にかければいいのだから,繰り返し同じ番号に電話する必要はない。なるべく早く目標人数を達成するには,直ぐに出てくれる人に当たったほうがいいわけで,どーせダイヤルも自動だろうから,呼び出し音数回だけ待って出て来なければ次の番号に……と,「下手な鉄砲」式にバカスカ電話しまくるほうが早いはず。出る側も,料理のような作業中で火を使っていた時など,火を止めて一旦冷めてしまうと多少味が落ちる可能性はあるものの,重要な連絡かもしれないから,念のため火を止めて電話に出たら……「アンケートだった」なんてことが繰り返されると,少々ムカつくだろう。調査する側からしても,怒りを買って,回答を嫌がる人を増やしちゃうのは本意ではないだろうから,少ない呼び出し音回数で切る事情も分からなくはない。その代わり,多くの番号にかけるようにする。少ない呼び出し音回数で出てくれた相手の回答だけでも,既定の数が集まれば目的は達成するから,二度とかかって来ないのも自然な話というわけ。
◆ アンケートに回答する人とは?
その手のアンケート,ダイヤルする番号を決める処理がコンピュータにより自動化されているだけでなく,たいていは音声も自動。その喋り方もビミョーに遅く,設問内容と,どの選択肢は何番のボタンを押すのかなどの説明をひと通り聞き終わり,回答のボタン操作を受け付けてもらえる状態になるまでの時間が長い。まぁ,ゆっくりでないと聞き取れない人も多いから,仕方のない面もあるのは分かるが,とっとと終わらせたい側としては,それなりにじれったかったりする。さらにウザいことに,聞いてくる質問もたいていは毎回同じ。もちろん,たいてい回答も同じになる。当初はその度に同じ回答を繰り返していたが,いい加減面倒になり,最近は,受話器をとってアンケートと分かった時点で電話を切ってしまうことも多くなっていた。
入浴中でなければ,数回以内の呼び出し音で電話に出れていたんで,それがアンケートだった時はそんな対応をしていたから,「(アンケートなら?)呼び出し音数回待てば切れる」なんて分からなかった。が,数回待てば切れるのであれば……これからは直ぐに出ないようにして,切れてくれるのを待ったほうがラクだな……うん,そうしよう! と,思ったのだった。
ということは……だ。
アンケートと分かったら電話を切っちゃったりとか,それ以前に,アンケートっぽい電話には出ない……なんて対応をするのが「筆者だけ」なんてことがあるだろうか。他にもそれなりに居るのではないか。
もうお分かりと思うが,その RDD と呼ばれる方式のアンケートは,そういった人たちの意見は反映されないのである。つまり,RDD という同じ質問を繰り返す機械の自動音声に,愚直につきあい回答してくれるような性格の人たちの意見は反映されるが,一方,自動音声を「面倒」と感じ電話を切ってしまったり,電話が鳴っても「アンケートだと面倒だから呼び出し音数回待ってから出よう」といった,「予測と計画をして行動できる面倒くさがり」な人たちからは回答を得られず,その意見がアンケートに全く反映されないのは確実だ。
しかも,何より,呼び出し音「数回」で切れてしまうとなれば,アンケートに回答できるのは,その数回以内に電話に出られる人に限られることになる。固定電話なら,普段からわりと電話の近くに居る人の割合が多くなるだろうし,携帯電話なら,常に携帯しているかいつも近くに置いてあり,しかもいずれの場合も,手が空いていることが多く「呼び出し音数回以内に電話に出られる人」の割合が多くなるはずだ。
たとえばウチの母などは,携帯電話を滅多に携帯しない。メールなんかもほぼ半日以上「未読」もザラ。呼び出し音数回以内に出ることなど無理だ。つまり,RDD 方式では,ウチの母のような性格と行動の人物の意見は,まず反映されないことになる。もちろん,たまたま携帯している時に着信して回答できることもあるかもしれないが,普段から意識して携帯するような性格の人と比較すれば,相対的に割合が小さくなるのは確実。だから,もし母のような携帯電話の使い方をする人がそれなりの人口比いたとしても,アンケートの回答に反映される割合はそれよりずっと低くなる可能性があるのは,容易に想像できるだろう。
まぁウチの母などは,以前はサイ○バ信じていたくらいであるから,その意見が反映されなかったからといって結果が悪いほうに傾くこともないだろうが,でももしサイ○バ信じている人が人口比で1パーセントいたなら,調査対象の1パーセントはサイ○バを信じている人が「含まれているべき」なのが,アンケートの「正確さ」には必要なはず。ウチの母のように「RDD ではほぼ回答者となり得ない」人が発生するようなアンケート方式は,その信憑性に疑問を感じざるを得ない。
何をしている最中であろうと,とにかく呼び出し音数回以内に出ることを「モットー」としていたりするようなせっかちな人の回答率は高くなるだろう。それだけでなく,せっかちだと,アンケートの説明を全部聞く前に,適当に……たとえば全て1のボタンを押して回答を済ませてしまうような人が多く居たとしても,不思議ではない。「どーせ相手は機械だし,前回の回答も全部『1』だったから……」的な考えで。
一方,たとえばパソコン作業中に電話が鳴ったら,編集中のファイルを保存し,画面をロックしてから出るなど,少し時間をかけてでも慎重に対応するタイプの人は,その間に電話が切れてしまって,アンケートに答えられないことが多いのではないか。慎重な行動をする人ほど,現政権や制度に対しそれなりに批判的考えを持つ傾向があったとしても,電話に出る前に切れてしまってばかりになり,その傾向はアンケートに反映されない可能性が高くなってしまいそうな気がする。
せっかちな人の回答率は高く,その内容も「ほとんど『1』」なんてことになる可能性がある一方,慎重派の回答率は低く,意見は反映されづらくなる……これで「RDD 方式」が世論を正確に反映すると言えるのだろうか。アンケートの結果が「世論を正しく反映している」と言うためには,世の中にせっかちな人と慎重な性格の人たちが,それぞれ 50
パーセントずついたなら,調査対象にも 50 パーセント前後ずつ含まれているべきなのは言うまでもない。が,述べてきたのは,性格の違いによって回答率に偏りが生じる可能性。このアンケート方法では,とても「世論を正確に反映する」とは言えないのではないか。
◆ ウチには繰り返しかかってくるのだが……
筆者のほうには,数ヶ月に一度くらいの頻度で,RDD と思われるアンケートの電話がかかって来ていたが,ひょっとすると「ウチにはそんな電話などかかって来たことがない」という人もいるかもしれない。そうだとすれば,過去にアンケートに回答したことのある筆者の電話番号に繰り返しかけている……なんてことをしていたりしないだろうか?
電話番号も「全ての番号」が使われているわけではない。たとえば,4桁の場合,全て割り当てられると 0000~9999 まで1万回線分の電話契約ができるが,割り当てられていない番号もけっこうあるだろうし,個人ではなく「事務所」とか,FAX などの人ではないものに割り当てられた番号などを除くと,アンケートの対象となるような個人が回答できる番号はそう多くはないのではないか。それでも,昔なら「電話帳」を見れば,必ず「個人が契約している番号」が直ぐ分かったが,RDD ではそうもいかない。適当にかけて「特定の個人が回答してくれる」番号に当たる確率はそんなに高くないだろう。
そうした状況で,効率よく回答を得るにはどうするか。過去の調査で回答を得られた番号なら,「引越し」などしていなければ,同じ番号は同じ「人が」使っている可能性が高い。コンピュータ処理なら「回答してくれた電話番号を全て保存しておく」ことなど簡単だから,保存しておいた番号の中から「この番号は,以前も回答してくれたから,今回も……」といった「アタリ」を付けてアンケートの電話をかければ,「人が」使っているかどうか分からないランダムな番号にかけるよりも早く回答が得られることになる。
だが,ホントにそんな理由で筆者にアンケート電話が繰り返しかかって来ているのだとすれば迷惑な話だし,しかもそれは,律儀に毎回応じてくれるような人の回答に調査が集中することも意味している。それで「アンケート」として正確な数字を出せるのかは,やはり疑問だ。
つまり,報道からは「内閣支持率が高い」というアンケート結果が,さも広く様々な人を対象に調べたもののような印象を受けるが,それはウソで,正確に言えば「RDD 方式のアンケートに応じてくれる人たちに『支持している』という回答が多い」だけの話だ。当然ながら,「広く様々な人の意見を反映した結果」とは言えないのではないか。
● 「何様」の NHK?
RDD アンケートで出た「内閣支持率が高い」という結果を「世論だ」と言うには,その「RDD というアンケート方式が,世論を正確に反映している」ことの検証が別に必要になるのではないだろうか。とすると,「アンケートに答えない人のアンケート結果」と照合して,違いがないことを確認しなければいけないのではないか。
何だか「ラーメンを食べない人のラーメンランキングを出す」みたいな話だが,でもそれは,RDD というアンケート方式が問題と思われるわけだから,「RDD 以外のアンケート方式」の調査と比較をすれば検証はできるはずだ。しかし,マスコミでそこまで伝えている報道を見聞きしたことはない。なぜ「検証」をしないのか。おそらく一番大きいのは,「RDD 方式アンケートが世論を『正確に』反映している」という「思い込み」だろう。RDD 方式が「正しい世論」ということを「前提として」調査していて,疑いの目を内側に一切向けないから,平気で報道してしまうのだろう。
◆ 「経費」と共に信用も減らす
それと,たぶん「経費削減」のためもあるだろう。
RDD 以外の方法でアンケートをしようとすれば,たとえば「対面で」するなら,面談要員の人件費やら,あるいは,普段電話に出ない人と,どうやってアポをとるかなども工夫を考えないといけないし,紙面でするなら,印刷代と往復の送料,そして得た回答の集計作業と……手間やコストがかかることは必至だ。全自動の RDD 方式で済むなら,手間やコストは減らせる。でも,その方式が「広く様々な人の意見を反映しているとは言えない」のであれば,たとえコストがかかっても,他の方法も考えなければいけないはずだ。
じつは筆者はテレビをほとんど観ない。そんなわけなので,少なくとも自宅に放送が映るテレビなど置いていないので,NHK は来ないで欲しい。それはともかく,筆者も年末年始は帰省するのだが,そっちでテレビを観ることはある。だから,「自宅には」来るなよ。
ただ今年(2022)の正月,実家で観た NHK の新春特番には呆れた。どれもこれもほとんど以前観たものばかり。「デジャヴかな?」と思うレベル。何だか気分的に去年のまま歳をとっていないような気がした。「気分だけはいつまでも若いままでいて欲しい」みたいな話か? でもそれって脳が「退化」しそう。やはり NHK など観るべきではないな。
要するに「再放送」だ。もし NHK の新春特番が録画機に残っていたら確認してみて欲しい,どこにも年号を示す数字や干支の動物を(かたど→)象ったオブジェがないことを。つまり「正月の度に再放送できるように」最初から作ってあるわけだ。いや,そこまではいい。問題は,「そんなのばっかり」だったこと。言い換えれば,番組を「作っていない」のだ。それであの人たちは,視聴者に「受信料」を課し,そこから年報を一千万前後持って行くらしい。何のための報酬なんだ?
で,職員一人あたり年収一千万かけてやっている世論調査が,おそらく最も安価に済む「RDD」のアンケートだけで,それが実態を反映しているかどうかの検証にはお金をかけず,「これぞ世論」みたいな報道を垂れ流しているのが,今の NHK というわけだ。
だから「受信料を支払う意味」って何なのかと思う。筆者がテレビを観ない理由のひとつもそこにある。「デジャヴ」の疑似体験するために受信料支払う意味なんかなかろう。「NHK をぶっ壊す!」なんて公約を掲げる政党が国政選挙で当選するのは,ある意味当然だと思う。それでもたぶん NHK の「中の人」たちは「何であんな政党が当選するのか」と思っていることだろう。支持者を育てているのは,自分たちなのに。
● 「検証のない社会」の行く末
念のために言っておくと,「内閣支持率が高いのはウソ」ということではなく,それがさも「正しい調査結果の世論」であるかのような報道が問題と思うのだ。厳密には「RDD という方式に付き合った人の結果」であり,述べてきたようにその方式は,回答する人の性格や日頃の行動に偏りができる可能性が高く,とても「世論」を正しく反映しているとは言えないのではないかということ。そして,それが「正しい」と言うためには「検証をすること」が必要だが,どのマスコミもそこまでして報道していないということが,何よりも問題だと感じている。
もちろん,NHK でも「RDD 方式は,世論を正確に反映しているか」の「検証」の報道は見たことはない。ただ単に「RDD という方式で行なったアンケートで……」と伝え,結果を垂れ流しているだけだ。その RDD
の結果を検証せず垂れ流しているマスコミ……特にテレビ局の社員は,NHK に限らず,年収が一千万前後あると聞く。
一方,「検証の必要性」については,RDD に限った話ではないから,当サイト掲載の他の記事でも「検証の仕組みを一緒に作るべき」だと,筆者は度々訴えている。が,現在コロナの影響もあってほぼ無収入だ。
それでテレビ局の人たちは,「格差はなぜ拡大するのか?!」なんて特集番組を放送しちゃったりしているのだろうか。テレビを観ないから分からないが。
「そこまで分かっているなら,マスコミにでも入社して改革を進めればいいのに……」と感じる方もいるかもしれないが,もし筆者が実際に入社して「大きな偏りを生じさせている可能性があるから RDD なんて方式はやめなさい!」などと主張したら,どういった扱いをされるだろうか。入社早々追い出されるのがオチのような気がしないだろうか。
マスコミに限らず今どきの多くの企業は「自分のところにお金が多く残りさえすればいい」という考えのみに基づき行動する傾向を感じる。だから,今どきのマスコミも,「RDD という調査は検証が必要である」ことを示す,どんなに筋の通った理由を指摘されても,「検証」というお金が出て行くことは避け,一方で RDD という「あんまりお金が出て行かないアンケート方式」は継続したい。そのためにも「検証が必要ではないか?」といったこと自体,なるべく考えたくない。すると「検証(にお金をかけようと)しないのは問題だ!」と指摘する「耳障り」な人たちを,排除したり隔たれた場に置くことになるだろう。指摘する人が居なければ,「検証する必要があると指摘する人が社内にいないから分からなかった」と釈明できる状況ができて,一石二鳥だ。こうして,いくらでも「手元に残るお金を減らさずに済む状況」を作り上げられるわけだ。つまり「格差」を生み出しているのは,このようにして作られた「偏った恩恵」を享受していて,それを温存させたい人たち……とも言えるだろう。
そうして溜め込んだお金で,何をしようというのか。「何もしない」が正解。「企業 内部留保」といった文言で検索してみるといい。国は「借金が一千兆円もあってたいへんだ!」とは言っているが,その半分近くを帳消しにできるレベルの「内部留保」が企業に溜め込まれて使われないまま,減らないどころか増え続けている。国の「借金」の正体は何であるかと言えば,「国債」をはじめ,最近では「ETF」などという金融商品をバカスカ買ったりしていたらしい。それらのお金,最終的に企業への資金提供となって市場に出回り,いわゆる「トリクルダウン」が起きて景気刺激となることを日銀は期待しているような話だが,結果として「企業の内部留保が増え続けている」ということは,「トリクルダウン」もへったくれもなく,国民の収入は減り続けているのが事実。経済界はもう少しこの因果関係を調べるべきなのではないかと思う。
なぜそうなるのか。企業が,自分のところにお金が多く残り「さえ」すればいい……そんな目的で活動し,そのお金で何をするわけでもないから,そうなるのではないか。それでいて,そうした企業の一端でもあるマスコミは,「格差が拡大しているのはなぜ?!」みたいな特集番組を放送しちゃったりしてはいないか?
◆ 「検証しない」で思い出すあの企業
「検証しない」……で,よくフと思い起こすのが「みずほ銀行」だ。一時期,システム障害が相次いだ。そのニュースを聞く度に「システムを検証する仕組みはなかったのか?」と疑問に思ったものだが,なかったのだろう。せめて,事後的にでも調査して,詳しい原因を特定できれば,そこを修正することで改善につながる可能性もあるだろうが,後のニュースで聞く調査報告といえば「先日の不具合の原因は××システムの不具合だった」とかだったりする。それってちょっと細かく言い替えただけやん。たとえると「××会合で多くの人が熱中症で倒れたのは,会場の気温と湿度が高かったのが原因だった」みたいな感じ。そうではないでしょ。その手の「報告」に必要なことは,なぜそうした環境下に人々が集まるような状況を作ってしまったのかの検証であるはず。前述のような報告では「なぜ不具合が起きたのか」が不明なまま。また似たような不具合がどこかで起きるでしょって。
何か1つ「仕組み」を作ったら,そこに「検証する仕組み」も一緒に組み込んでおくべきだと,筆者は思っている。ある意味「トレーサビリティ」というヤツ。どんな大きな生物でも,小さな「細胞」が集まって生きているように,どんな大きなシステムでも,「モジュール」と呼ばれる,小から中規模のソフトやハードが集まって機能している。それらひとつひとつに,簡単でも「検証する仕組み」が組み込まれているのが理想だと思う。最初からそれを意識してシステムを作っていれば,後で「どこで不具合が起きたか」を調べ易くなる。
逆に言えば,そうした小~中規模システム(モジュール)に「検証」の仕組みを組み込まないまま,大きなシステムの中に組み込んでしまうと,たとえある「モジュール」に不具合があったとしても,分からないままになる。「ここが悪い」と気付けないようなものをあちらこちらに散在させることになるわけで,いわばところ構わず「地雷」を埋め込むようなことになってしまう。そんな感じで過去に埋め込まれた「地雷」があちらこちらで踏まれた結果が,一連の「みずほ」の不祥事だとすれば,何か納得できそうな気がしないだろうか。
その「みずほ」を,また「検証したのか」が疑われる事例が襲っている。なんでも,ある会社から「債権放棄」を求められているのだとか。「債権放棄」と書くと四字熟語っぽくて「名言」じみた感じもするが,要するに「借金踏み倒し」よね。とはいえ,みずほは「踏み倒される」側だが。その額 ¥3885 億。全国民に無条件で ¥3000 ずつ配っちゃうレベルの「大盤振る舞い」を迫られている。
「踏み倒す側」は「マレリ」という会社らしい。日産自動車系の部品メーカーのよう。コロナの影響で業績が悪化したのに,元親会社の日産が助けてくれなかったとか。というのも,ゴーンさんがゴーン(gone)しちゃって以降,日産も業績が芳しくなかったらしい。何だかんだ言って,あの方のコストカット能力は優秀だったってことなのかな。仮釈放中だったか,密出国するために,タンス? みたいなのに収納されてレバノンに運ばれた話だったよーな……。「タンスにゴーン」とは,よく言ったもの。なぜ「金鳥」はあのタイミングで CM 作らなかったかなぁ……批判も出そうだが,そこは「CM なんで……」と割り切って。
この場合の「検証」は,「融資」を決める時に,返済の見込みを検証する仕組みがあったか,になるだろうか。でも,融資を決めたのはコロナの前だろうから,コロナの影響まで加味するのは,たとえ「検証」の仕組みがあったとしても,さすがにむずかしかったかなぁ。いやでも,検証する仕組みが「全くない状態」で融資が決められちゃった可能性もあったりするのかなと……他にも様々な問題のある「みずほ」だけに,疑いの目を向けたくなる。
筆者は別に産業や金融の専門家でもないので,詳しいことについては「みずほ マレリ」あたりの文言で検索した記事を参照のこと。
◆ またひとつ「地雷」が……
ちなみに,この記事を書き始めたのは,7月2日に発生した KDDI の超大規模通信障害の前。KDDI の通信システムに,「検証」の仕組みが組み込まれていたかどうか……は,言うまでもないような気もする。
ちなみ2,KDDI は十年ちょっと前までウェブサイトを公開するために利用していた。ある時,サイトで利用していた機能の動作がおかしくなり,サポートに連絡した。「何も変更していないのに,それまで使えていた機能が突然使えなくなった」と説明したのだが,会社側で調査や調整をする旨の申し出はほぼなかった。とりあえず会社側から指示された通りのことを実行して,その結果を伝えたら,「こちらの指示をそのまま実行してもサポートできない」みたいなこと言われた。これがあの会社の「サポートクオリティ」なのだと思った。地雷その1。
少し後に KDDI 内部ネットワークからと思われる意味不明なメールが送られて来た。2回ほどあったと思う。こちらから送ったメールで何かエラーが起きたという内容だが,そんなメール出した記憶ない。しかもエラーを起こしたと思われる宛先は,「KDDI 内部」で使われていると思われる知らないアドレスだったから,そもそもそんなメール出せるわけない。ということは,内部のメールが漏れ出て来た可能性が高い。これがあの会社の「情報漏えい防止能力」なのだと思った。地雷その2。
おまけにメールにはファイルが添付されていた。両方に。意味不明なメールに添付ファイルといえば……「ウイルス」を疑うしかない。これがあの会社の「セキュリティ意識」なのだと思った。地雷その3。じつはその時は,前述したボロボロなサポートにムカつき,一部始終を記事にして自分のサイトで公開していた。その「ウイルス」を疑うメールが送られて来たのは,公開した少し後だったのだ。
もちろん,そんなアヤシイ添付ファイルなど開かないから,ウイルス感染もなく,同記事の公開も続けていたが,数年後に,KDDI のウェブサイト公開サービス自体が打ち切られたのだった。当然,そのボロボロなサポートの実状を訴えた記事もろとも旧サイトは消し去られた。これがあの会社の「サービスクオリティ」なのだと思った。地雷その4だ。
そんなことがあって以降,筆者は「KDDI は地雷しかない」と感じていた。今回,その「地雷」のひとつが踏まれ,連鎖爆発が起き,大規模通信障害につながったのだと思えば,何も不思議はなく,ある意味当然だと思った。
さて,ではもし筆者があなたの会社や施設などで働いていたとして,前述したような経験から,「KDDI なんて『地雷』だから同社のサービスを利用するなんてやめなさい!」と言っていたとしたら,どういった扱いをされるだろうか。「上層部が決めた KDDI 社のサービスの採用に異を唱えるとは何様だ!」とか言われ,上司から煙たがられて,最悪,追い出されるのがオチのような気がしないだろうか。しかし,もしその時に筆者の提案を聞き入れて,KDDI から他社サービスへの利用に切り替えていたら……少なくとも,今回の超大規模通信障害には巻き込まれず済んでいたはずだ。その場合と,今回の超大規模通信障害により生じる損失の差はどれほどになるだろうか。
筆者は述べたような経験から,ある意味「KDDI には地雷が埋め込まれている」と感じていたから,どんな組織に所属していたとしても,たぶん同社の通信サービスを利用しないよう主張しただろう。が,様々な企業や組織に居る多くの人はそうした経験がないから,「地雷」の存在を知らないまま,様々なシステムに KDDI 社のサービスを採用して来てしまった……とすれば,KDDI 一社だけの障害で「なぜこれほど影響が大きくなってしまったのか」も腑に落ちるところだろう。
で,もし今回の KDDI 大規模障害で損失が生じ,経営が苦しくなってしまったら,切られるのはどちらだろうか。KDDI を採用しないように進言した筆者か,それとも,採用を決めた上司や経営陣か……。経営者あたりが最終的に KDDI 社のサービスの利用を決めたのなら,それらの方々のほうが責任が大きいのは明らかだが,そうした方々は自分の責任だとは思わないだろう。おそらく「知らなかったのだから仕方ないね」で済まされるのではないか。一方,もしその損失の影響で「リストラ」などを迫られたら,その損失の原因となった KDDI 社のサービスを採用しないよう進言していた筆者などは,真っ先に切られそうな気がする。「過去に経営陣の決定事項に対して反発したから」なんて理由で。
今どきの企業はどこもそんな感じだろう。以下の記事では,保険会社からセキュリティガバガバなメールが送られて来たことをネタに,筆者がそれを会社に指摘しても,同じようなめに遭うだろうと書いた。
もし筆者がその保険会社の社員で,内部からそのメールの「セキュリティ上のリスク」を指摘したところで追い出されるのがオチだろうし,ましてや顧客として外部から指摘しても,KDDI のように無視されるだろうと。それでセキュリティ上の問題が起きちゃったら,上司や経営者どもは「IT 人材不足でして……」などと釈明するのだろうと。多少なりとも IT 知識のある社員や顧客がいて,内部外部からセキュリティの脆弱性を指摘したところで,上司や経営者が聞く耳を持たずに排除してしまって,いざ不祥事が起きると「IT 人材不足で……」と言っているのが,今の日本社会の「IT 人材不足」の正体……というお話。
ついでに言うと,ある親戚は,使用している携帯電話が KDDI 運営のモバイル通信 au なのだが,かなり以前より当サイトのドメインである
treeware.jp-help.net から送信されたメールが届かない。「迷惑メールとして扱った」という通知もないから,実質的に闇に葬られる状態がずっと続いている。当人は,今回の大規模障害を機に,通信会社を変更したいようだ。
ある意味,その「届かない」のも地雷と言えるかもしれない。どこに埋め込まれたか分からない「地雷」を除去するのはそう簡単ではなく,今でも残り続けていることを意味するのではないかと思う。
格差が拡大するのはなぜかって? 格差を広げている張本人が不祥事を起こした一因であっても一切責任を負わず牛耳り続けることができ,もしその不祥事により収益が減ると,元々報酬が低い部下など下の立場の者を追い出す「雇い止め」などの権限を行使して人件費を削減することで,自分の高額な報酬だけは維持できる社会の仕組みだからだ。収益が減る原因となった張本人は残り続けるから,不祥事を繰り返し,その度に「リストラだぁ~」とか言って,下の人たちが切られていく。トリクルダウンが起こらず,企業の内部留保が増え続ける理由はお察しだ。「切られる」部下的立場の人たちは「子育て世代」が多いだろうが,そんな不安定な状況で安心して子育てできるワケがなく,それ以前に結婚すら無理。こうした構造を作っておいて「少子化でたいへんだ」とか,「今どきの若者は元気がない」なんて言っている……のは,その「まさに格差を拡大させている世代」だったりするから,つきあいきれん。
でも,こんな状態も限界が近いのかもしれない。
先日(2022-07-13),東京電力の福島第一原発事故当時の旧経営陣に対し,一人平均3兆円を超える額の損害賠償命令判決が出た。「億」ではなく,「兆」である。毎年1億ずつ払い続けても,3万年以上かかる額だ。3万年後ともなれば,もはや原子力など不要で,自動車もそこら辺のガラクタから核融合反応で走れちゃったりするバックトゥザフューチャーの世界になっていてもおかしくない(あるいは,温暖化がひどくなり人間は住めなくなっているか)。すると,いわば旧経営陣は「その時に」手元に残るお金を温存しようとして「津波対策」を怠ったため,既に原子力が不要になっている可能性のある未来に至るまでの「損害を先取り」してしまったようなもの。福島第一原発の事故にはそれだけの損害があり,それを賠償する責任もあることを認めた判決だ。
これはつまり,損害が発生したら,対策をして来なかった経営陣は,理由が何であろうと,出た損害相応の責任を取らされることを意味している。すると,損害が出た原因がセキュリティの脆弱性だった場合も,「IT 人材不足だったから」などと理由を主張したところで,とにかく出た損害相応の責任は負わされることになるのではないだろうか。上司や経営者は「セキュリティがどーのこーのと耳障りな部下だから」などと言って,追い出している場合ではないような気がするのだが。
◆ 「検証」を避け続ける人たちの今後
それでも「検証する仕組みを作らない」理由は,もしかすると,最近の企業経営者に「責任をうやむやにしたい」と考える傾向があるためではないかという気もする。
その点,前述した「みずほ」などの金融のシステムと比較して,RDD
アンケート方式は「トレーサビリティ」的検証の仕組みは組み込みにくそうではある。ただ,穿った見方をすると,マスコミはその「検証しづらい」点を悪用し,「あえて」RDD の方式ばかり採用しているのではないだろうかと疑ってしまう。つまり「公表したのはあくまで『RDD 方式の結果』で,それが正確かどうかは調べられないので分からないよー」と,いわば「公表結果に対して責任を負わずに済む」と一方的に思っていたりはしないだろうか。
だからって,RDD が正確かどうかを「検証する必要はない」ということにはならない。そもそも,RDD 以外のアンケート方式を併行することくらいできるはず。今後もテレビ局をはじめとするマスコミが,「検証は不要」と決め付けて RDD 方式の調査結果を垂れ流し続ければ,この先ロクなことにならないような気がするのだが。
で,述べたような「検証の仕組み」を無視した様々な「地雷」が埋め込まれていた頃の「みずほ」で社長をしていたと思われる人物が,今,RDD の検証を無視して垂れ流す NHK で会長をしていたりする。
NHK の今後には大いに期待できそうな気がする。いろんな意味でね。