8月の終わり,久しぶりに帰省した。住人が全員ワクチン接種していることもあり,少し安心した面もある。どこかから「帰省は自粛を」という声は聞こえていたが,(すが→)菅総理大臣から,オリンピックやパラリンピックは「『コロナに打ち勝った証し』として開催する」との発言があって,実際,オリンピックもパラリンピックも開催される一方で,その発言が撤回されたという報道は聞かれない……これが,一般人から見える状況なわけで,こうした事実から判断すれば,公表されてはいないものの,じつはもう「打ち勝ったも同然」の状態なのだろう……と,解釈できる。これ以外の解釈をするほうが難しい気がする。おまけに,不要不急かどうかは「本人が判断すること」だと,五輪担当大臣も言いきっている。IOC 会長の銀ブラ(←銀座をブラつくこと)が「不要不急ではない」なら,帰省の度,実家のデジタル通信インフラや家電,電気設備を調整してきた筆者としては,コロナ以降,それらに起きたいろいろな不具合の調整を兼ねて帰省するのは,決して不要不急ではないよね! 筆者「本人が」そう判断して,帰省することにしたわけだ。
「自粛すべき」は,大臣の発言のほうではないか。筆者は帰省に際して,マスクを装着し,しかも混雑を避けるなどの対策をとったが,前述したような状況を「真に受け」て「もうほぼ大丈夫」と捉え,たいして対策せずに動き回って「密」を作っている人たちが相当数いて,それで現状が医療崩壊状態だとすれば,もう「コロナ禍」というより「舌禍」的な意味合いのほうが重いようにも思う。
それはさておき,筆者は新聞の契約はしていないが,たまたま帰省先で読んだ日経新聞(2021-08-29)に,こんなタイトルの記事があった。
人口と世界 - 生産性が決する未来
日経の有料会員は,サイトで記事の全文を読めるようだ。
後半に医療介護関係の内容があるのだが,どうも現場を知る技術者としては,認識にズレがある感じがして仕方がない。ここでは簡単に内容を抜粋しながら,その「認識のズレ」の正体を考察してみたい。
● 介護現場を知らない人の夢想
記事の前半部分の要約は,これまで成長基調だったルクセンブルクや中国で方針転換を迫られているという話。背景に,デジタル化に対応した人材育成の遅れ,少子化による人材不足の予測があるらしい。それら人材不足は,先端技術による生産性の向上で補うことが必要になるが,たとえば「ロボットの導入」によって人員が不要になり,雇用が失なわれるジレンマをどう克服するか……ヒントは「日本にある」のだとか。
で,その「糸口」として挙げられていたのが,この話。
ソニーグループと川崎重工業が 22 年にも始める遠隔操作のロボットシステム事業。自宅など遠隔地からロボットを操作できるようにする。まずは工場の生産ラインで導入し,将来は医療・介護などヘルスケアにも広げる。
ここだけ読むと,長らく懸案だった人手不足の悩みを解消してくれるようなロボットが導入され,介護現場の将来は明るいような気もする。が,筆者に言わせると「介護現場を知らない人が言ったんだろうな」というのが,率直な感想。
だいたい,これまでも,「ロボット」ほど大掛かりではないものの,様々な先端技術を駆使した製品が医療介護現場に投入されてきた。検索すればわんさか出てくるのではないか。それだけ様々な先端技術が導入されたなら,「人手不足」などという基本的な問題はとっくに解決されていていいような気もする。ところが現状を見れば,いまだに人手不足が叫ばれている。つまり,医療介護分野の問題を先端技術で解決するなんて「幻想」なのである。
「いや,『ロボット』ともなれば,違うだろう」という見方もあるかもしれないが,でも「コンピュータ」が登場した時も,「コンピュータを応用すれば,様々な問題を解消してくれるだろう」と思われたのではないか。それから,どれほど経つのか。医療介護の現場にコンピュータの応用技術が投入される度に,人手不足など諸懸案の解消が期待され,で,結局は解消されずに続いている。これが「現状」だ。
なぜそんなことになるのか。筆者が思い当たる理由は,以下の3つ。
- リーダーの不理解,責任回避と思考停止
- 主眼が「儲け」や「採算」と「補助依存」,UI の劣化
- 機器の扱いが分かる人と「分かろうとしない人」の差の拡大
次章以降で詳しく論じてみる。
● リーダーの不理解,責任回避と思考停止
筆者は福祉の現場に「深く」携わったことはないが,「軽い」関わりならば,一時期,知的障害児の施設に非常勤で勤めていたことがある。携帯電話や PHS と呼ばれるモバイル端末が一般的になりかけていた頃だったが,そこで感じたことは……なぜわざわざ手間やコストのかかる運営をするのかということ。リーダー格の人は「パソコン」が苦手だったが,会報をワープロで作るようになったこともあり,筆者はワープロを使うよう進言し続けた。しかしその後も,自分のコラムの原稿は全部手書きだったようで,するとスタッフは,会報の編集の度,それをワープロで打ち込む作業を強いられたはず。携帯電話は既に持っていたらしいから,せめてメールで書けば,施設ではコピペで済むから手間が省けるわけだが,どうもそうしたメールの使い方をしていたようすもない。メールなら数円で済むところ,FAX や電話を使えば数十円ずつかかるのに。「たかがコラム1つ分の文章ごときで……」と思うだろうか。じつは,その方のコラムは,会報のまるまる1ページを占める。8ポイント程度の文字だと思ったから,けっこうな量だ。その「打ち込み」を会報発行の度にスタッフが繰り返しさせられていたとすれば……時給換算でどれほど支払うのか考えないのかと思った。で,コラムによく書いていたことは,「資金繰り苦しいのに補助金が減らされる! 弱い者イジメだ!」という内容が多かった。
その後,非常勤だった筆者は「雇い止め」された。理由は「財政難」だとか。手間と経費の削減のためにワープロを使うことを進言していた筆者は,それを無視してスタッフに原稿の打ち込みの手間をかけさせていたリーダーの決断により,「財政難」を理由に辞めさせられた。もちろん,そのリーダーは残った。
これは筆者が経験した代表的な例だが,たまたま他の施設に顔を出した時にも,似た状況下にあるように感じる機会もあったから,ひょっとするとどこの施設にも同様な状況があるのではないかと思っている。
さて,ではソニーとカワサキが共同で「医療介護現場用のロボット」的な製品を作ったとして,施設を率いるリーダーが,述べたような人ばかりだった場合……それは,たとえスタッフに手間がかかろうと,その手間が省ける新しいやり方を拒否し続けるようなリーダーたちが,これまでになかった「ロボットの導入」という決断をするだろうか。そこが大いに疑問なのだ。
まぁ,筆者が勤めていたのは,施設の規模としては小さなものだったが,ある程度大きければ,それなりに資金力もあるだろうし,そうしたロボット導入にも抵抗がない……と,言えるだろうか。やはり疑問だ。
その疑問の正体は,こんな話。今の筆者はコロナニートだが,1年半ほど前まで,いくつかの介護施設に週に2~3度出向き,入所している障害者にパソコン指導していた。そのうちお一人は,ネットが普及するかなり以前からパソコンで意思伝達する手段を得ていた方。とすると,そこにネットが普及したとなれば,当然,家族や知り合いとメールとか
SNS でバリバリにやりとりできる……と思いきや,そうは問屋が卸さなかった。施設が無線通信を全面禁止してしまったのだ。しかも携帯電話ばかりか,無線 LAN(Wi-Fi),ワイヤレスマウスなど「全て」の無線を使う機器が対象にされた。ただ当初は,携帯電話の電波で医療機器が誤動作を起こす可能性が危惧されていたから,事故防止の観点で理解はできる。しかしその後,携帯電話を誰でも持つようになると,「医療の現場で使えない」というデメリットのほうが大きくなって来る。それを受けて機器側も改良され,携帯電話の電波程度では誤動作を起こしにくくなっていたらしいが,相変わらずその施設では「無線通信全面禁止」が続いた。
じつはそんな中でもメールはしていた。その方法は,電話回線に接続して使うアナログ・モデムを搭載したパソコンを内線電話に接続して,直接ダイヤルしてつながる地域のアクセスポイントに外線通話していたのだ。簡単に思われるかもしれないが,そうでもない。その方が入所する病棟に,個人のパソコンをつなげられる電話線などないのだから。では,どうしていたのか……「フロッピー」だ。送信するメールは,その方が使っているパソコンで作成した文をフロッピーに収録し,その内線電話につながっているパソコンまで持って行って移し,ウェブメールの「新規作成」画面を呼び出し「コピペ」する。受信は,やはりそのウェブメール画面から受信メールをコピペしてフロッピーに収録し,その方の使うパソコンまで持ち帰ってその方が読めるようにして……と,現在の通信環境からは想像できないほど面倒な方法でやりとりをしていた。その手間……少なくとも数十分かかるだろうと思われる。しかも,その方の入所する病棟とネットにつながるパソコンの部屋との間が百メートルほどある。その往復とコピペに介護担当者の時間が割かれるわけだ。リーダー格の人が一部でも無線通信を解禁してくれていれば不要な手間なのだが,それよりも,人員をそうした時間に割くことが「危機管理」だと思われているような気がした。
介護現場は慢性的な人手不足なのだとか……当然だろうと思った。
転機は,施設のトップが交代した時だ。何とか「モバイルルーター」の使用許可を得られ,念願のメールと SNS が,その方の使うパソコンから直接使えるようになった。
コロナウイルスの影響で出入り禁止になって少し経った頃,その方の入所施設は新しい建物に移った。今どき,新しい建物ともなれば,無線
LAN 設備は当たり前……と思いきや,やはり使えないのだとか。幸いその方は「ルーター」を許可してくれる方がトップにいる時に使い始めることができたが,後からそこに入所する方は,その時に許可されるとは限らないのかもしれない。パソコンやタブレット,スマホなど,「最」先端でもなく,ごく一般的になった機器ですら,使えない状況下に置かれる可能性がある,というのが現実だ。
これが,零細な私立の話ではなくて,都立の施設の話であり,筆者の知る介護福祉現場の実態。リーダーは,自分の任期中に事故があって,その責任を問われるのはいやだから,「とにかく禁止!」してしまうのではないかと想像している。「危機管理」を硬直的に捉え過ぎて「思考停止」に陥り,「入所者の利便性に配慮した回避策」を模索したり考えたりすることができないのでは……というのが,筆者の見方。
他にも,伝え聞く介護福祉の話題に「最先端の技術を導入して効率が上がった」というものは,まず聞かない。というわけで,ソニーさん,カワサキさん,医療介護向けロボットを作るのはいいとして,実質的に医療介護の現場の諸問題改善には,ほとんど寄与しないと思いますよ。進んで導入しようとするような,理解のある「リーダー」がいませんから。もちろん,導入に理解のあるリーダー格の人がいる施設もあって,そうした施設には役に立ったとしても,それが「一部」では,医療介護「全体」の環境改善につながらないわけです。それは述べたような実態から容易に想像できるでしょう。しかも,こうした実態,筆者は現場を見て書いているわけだが,ソニーやカワサキなど「作る側」は見たことないだろうし,見ていないから知らないし,知りようもない。知らなければ「どうすれば導入し易いか」といった改善も図られない。そこが,医療介護の問題がいつまでも解消しない一因ではないかと思っている。
これは何も介護施設に限った話ではなく,多くの一般企業でも似たようなものではないのかと思う。コロナウイルスの影響で,これほどまで「テレワーク推進」が叫ばれているのに,いまだに紙の書類を直接持ち込んでハンコ押してもらうシステムから脱却していない企業も多いのではないか。で,その書類の送付にも,これほどまで誰もがメールを使うようになったのに,わざわざ送信宛先ごとに電話料金のかかる FAX が使われていたりする。それで「資金難だ~!」とか言っていたりする。どんなに大きい企業でもそうした面が残っている状況下で,医療介護の現場に「先端技術を駆使したロボットを導入しよう」という気運が生まれるのか……どう考えても無理だろう。
● 主眼が「儲け」や「採算」と「補助依存」,UI の劣化
(遠隔操作ロボットシステムを)将来は医療・介護などヘルスケアにも広げる。労働市場から一度離れたシニアや主婦,障害者も活躍できる。
遠隔操作ロボットが医療介護現場に導入されることと,「労働市場から離れたシニアや主婦,障害者も活躍できる」こととの因果関係がよく分からん。「風桶理論(風が吹けば桶屋が儲かる)」より分からん。
技術者としての想像力を働かせるなら,一線を退いた人たちの,その退いた理由……たとえば「仕事についていけなくなった」とか,「子供の世話で忙しい」などの問題を,ロボットを利用して解消するか,負担を軽減することで,仕事ができるようにするということか。複雑な作業やチカラ作業はロボットがやってくれるようにして,歳をとって判断力や体力が低下してもやれる簡単な作業で済むようにするとか,託児所を遠隔的に見守ってくれるロボット,あるいは,自宅で子供と一緒にいる時でも,簡単な操作で職場にあるロボットを遠隔的に制御して仕事ができるとか……技術者として思い当たるのはこんなところ。技術者とはいえ,今はコロナニートだが。
しかしこれまた,これまでずっと模索されてきたことではないのか。遠隔操作ロボットを作ったところで,にわかに解決するとは思えない。
これまでも,様々な企業が先端技術を駆使して,様々な製品を開発して来た。それなのに,医療介護分野の諸問題には目立った改善はない。その根底には,開発している企業や研究機関が「儲け」やら「採算」やらに偏重している嫌いがあるように思う。
特にイマドキの企業というのは,「儲けを出すのが使命」と考えているように見える。本来はそれよりも「社会貢献」や「労働の場の提供」のほうが重要と筆者は思うのだが,それは二の次,三の次といった感覚でいるっぽい。前述の「先端技術が導入されない現場」も似た構図だ。リーダー格の人は,「入所者の利便性を考え,無線通信の導入のため,その安全性を調べる」ことをしないのだ。なぜかといえば,自分にその「リーダー」としての報酬が入って来さえすればいいからだ。無線通信による医療機器への影響はほとんど心配なくなっても,何か問題が起きた時,責任を問われ,ヘタすると報酬を減らされたり,立場を追われたりすることを過剰に恐れて,無線という無線通信を全面禁止にしてしまう。すると,「メールしたい!」という入所者の思いを実現するため,入所者の病室とネットが使える部屋との間をフロッピー持って行ったり来たりしてコピペする手間が生じ,介護担当者が本来の業務時間を割くハメになるわけだ。パソコンの周辺に医療機器を置かないようにするなど,部分的にでも無線によるネット通信を解禁すれば,そうした手間は不要なのだが,その発想ができないために「人手不足」の誘因となっているように見える。やはり「儲け」しかアタマにないのだと思う。
企業も似たような感覚だろう。やはり「お金さえ入って来ればいい」という考えだ。何かを作るに当たっては「儲かりさえすればいい」あるいは「採算さえ合えばいい」と考えていると思う。こうした感覚だと,もし医療介護の現場向け遠隔操作ロボットを開発したとしても,それをいくつかの施設に導入し,「採算が合った」時点で,目的は達成する。そうなれば「用済み」。開発は終了し,それ以上発展しないわけだ。
そうした先端技術は,規模の大きい施設なら導入も可能かもしれないが,小規模な施設での導入はむずかしい。すると,圧倒的に多いそうした小規模施設には,ほとんど何の恩恵もないまま終了することになる。「労働市場から離れたシニアや主婦,障害者も活躍できる」ような遠隔操作ロボットが開発されたとして,恩恵を受けるのは,それを導入した一部の大規模施設に関わる人だけ。時として,開発した企業や研究機関の関連施設だけになってしまうのではないか。これが,企業や研究機関が何を開発したところで,多くの現場で問題がなかなか解消しない一因ではないかと思う。
特に「障害者向け」に開発するとなると,採算を合わせるのはかなりむずかしい。そもそも対象者が少ないうえ,症状もそれぞれ違うため,どうすれば使えるようになるか……の対応が十人十色で,「量産効果」が出ない。特定の障害に合わせて製品を作ると,開発費がかさむうえ,その障害を持つ人が少ないとなれば,1製品あたりの価格が高くなってしまう。ではどうするかというと,「補助金」頼みになる。「補助金」の対象になれば,資金力のない個人や小規模な施設でも導入できる。
ただ,筆者はこの「補助金」というのは曲者だと思っている。なぜかというと,時としてこの「補助金」が,結果的に,障害者をはじめとする弱者を苦しめる可能性があると思っているからだ。問題は「消費税」だ。その税率を上げる口実として「社会保証費の増大」があるのではないか。で,その「社会保証費」の中には「補助金」も含まれるのではないだろうか。「補助金」がバカスカ使われると「社会保証費」が増え,「消費税増税」の口実にされる。「消費税」というのは「逆進性」があると言われている。それは,収入の少ない人ほど負担が重くなる構造。たとえば,自立しようと一人暮らししているような障害者は,増税分だけ生活が苦しくなりそうに思うのだ。詳しくは以下の記事にも書いた。
一方,述べたとおり企業側は「採算が合えばいい」わけだから,とにかく「補助金」の対象となることを取り付けたいところだろう。なぜかというと,対象になれば,たとえその価格が小規模施設や個人で導入するには高額だったとしても,お金を払う必要はないわけだから,「補助で手に入るなら,とりあえず使ってみよう」と思う人が増えるからだ。その代金は税金から支払われ,売上が開発費に見合えば……そう,そこで「採算を合わせる」という目的は達成。開発は終了となる。しかし,その「補助金の対象」から外れた障害者や施設には何の恩恵もないばかりか,「補助金」が使われることにより社会保証費が増大し,消費税率がまた上げられるようなことになれば,苦しさが増すことにもなる。
それだけではない。筆者は,このようにして一部の人に使われただけで「開発が終了」してしまうことが,「悪循環」を生むのではないかと思っている。危惧するのは,UI(ユーザインターフェイス)に平易性や汎用性が考慮されなくなることだ。UI とは,主に機器やアプリの操作部分の設計のことで,「使い勝手」に直結するところ。
「採算が合った時点で,開発終了」なんて製品は,それを手に入れられない人のほうが多くなるだろう。資金力のある大規模施設や,たまたま「補助金」が出る自治体に住んでいたり,対象となる障害を持っている人だけが,その製品を手に入れて試すことができる。言い換えれば,ほとんどの人は試すことなく,製品の開発が終わることになる。すると必然的に,その「一部の人に試してもらえればいい」的な設計になる。どうすれば多くの人が使い易さを感じるか……といった設計をしようとすると,それだけ「多くの人」に試してもらう必要があるが,述べたように,使う人は限られるから「その必要はない」ことになる。「採算を合わせる」ことが重視され,コストがかかることは省かれる。そこに,「スピード感」なんて要素が加われば,そこら辺にある部品や,今までのシステムから,たとえば「アイコン」画像など一部だけを取り出して流用したりとか……かくして UI は劣化し,使いづらくなっていく。でも大丈夫! どーせそれを使う人は限られるのだから……やり放題だ。
一旦開発が終了してしまうと,再び似たような製品を開発するにしても,人員が異なるだろうから,また設計も違ってくることになるはず。数少ない使用者の「ここが使いにくかった,もっとこうして欲しい」といった感想も,開発終了でクリアされて,次の開発には活かされない。つまり,「多くの人」が使ってはじめて分かるような,たとえば,ミスを誘発し改善が必要な点,「こんなこともできればいいのに」と感じる点が洗い出される前に,製品の開発は終了してしまう。
もう分かると思うが,これでは平易性や汎用性を考慮した製品などできるわけがない。いつまで経っても「多くの人にとって使い勝手のいい製品」など出て来ないのだ。
「障害者も活躍できる」ったって,こんな状況下で何を開発したところで,その恩恵を受けられるのはごく一部だけになるのは目に見えている。似たような華々しい謳い文句は何度も聞かされて来たのに,障害者の社会参加が進んでいないのがその証拠だ。多くの障害者に恩恵のある機器が開発されて,広く現場に浸透する,ということがないから,社会参加も進まず,介護現場の改善も図られないまま……これが現実だ。
● 機器の扱いが分かる人と「分かろうとしない人」の差の拡大
ロボットは雇用を奪うのではなく,人と共存し,可能性を広げる。共同出資会社の社長に就くソニーの田中宏和氏は「遠隔操作に対応した新しい職種も生まれる」と語る。
「バラ色」ですねぇ……頭の中だけは。「新しい職種」ができたとして,労働力を安く買い叩く口実にされるような気がするのは,筆者だけか? たとえば,ロボットが誤動作していないか監視する職種ができたとして,「作業のほとんどはロボットがやるのだから,報酬は安くてもいいよね?」みたいな扱い。……「迷宮物語(元はカドカワ?)」ってアニメビデオの中の「工事中止命令」って話を思い出したわ。
機器の UI(ユーザインターフェイス)の操作性は,「分かる人」と「分からない人」の差を広げてしまう。「分かる人」はバシバシにその機器を使いこなして利便性を高められるが,「分からない人」はとことん使おうとせず,生活上の不便を解消できないまま,時としてやるべきことをあきらめることさえある。知り合いに「脚の悪い」高齢の方がいる。役所の手続きやら,買い物やら,かなりしんどいらしい。そこで,「電子申請やネット通販を利用しては?」と提案するのだが,パソコンもスマホも持っているのに,やろうとしない。役所に出向いて手続きしたり,お店に行き手に取って買わないと気が済まないらしい。それで,たまに会うと「あっちこっち行ってたいへんだった……」という話だ。一方の筆者は,引っ越した後の電気と水道の口座振替申請を,ネットで済ませた。当然,その手続きのために,自宅から一歩も外に出ることはなかった。数ヶ月経ち,それを忘れて「あ! 電気と水道代を支払いに行ってない!」と気付いたが,よくよく検針票を見れば,領収証が付いていた。ちなみに筆者は,ウォーキングで1日平均5~6キロ歩く。
ただ,パソコンなどで申し込みしづらい気持ちも多少分かる。筆者もネット手続きの UI を見て「分かり易い!」と思ったことがあまりないからだ。高齢者に電話をかけ,ATM 前に連れ出して操作させて,預金を騙し取る手口があったが,それこそその UI の「分かりにくさ」が悪用されたものだ。
しかし,全部が全部「劣悪」というわけではない。中には,うまくできた UI で分かり易いサイト申請もあるのではないか。まずは試してみればいいわけだが,前述のように,パソコンやスマホを持っていても,「やろうとしない」人も多い。「分かろう」とする姿勢もないわけだ。前述した「ATM 詐欺」とか,フィッシングサイトで預金抜かれたというニュースを多く聞けば,過剰な警戒が,ウェブ申請などの利用を避ける要因になることもあるだろう。
ましてや,前述したような「UI の劣化」が,その差を広げる。使い慣れているはずの UI のアイコンが,「アップデート」と称して変わってしまい,どれがどこにあったか分からなくなった経験のある方もいるのではないか。しかもそのアイコンも,必ずしも分かり易くなったわけではなかったりする。「勝手に変えるな!」と思いつつ,アイコン画像を適当に解釈できる人は,そのまま使っているうち何となく分かるだろうが,しぶしぶ使っていた人は,そこで使うのをやめるかもしれない。そうしたアップデートは「使わない人=分かろうとしない人」を増やす要因でしかないと思う。
UI の劣悪さが放置され,「使わない人」が使えないままでいると,たまたま体調が悪くて出かけられない時,ネットでできることさえあきらめてしまうのではないか。期日までに手続きができなくなって損失を出したり,食べるものがなくなって孤独死につながったりするのではないかと懸念している。UI のあり方はもっと研究すべきと思うのだ。
前置きが長くなったが,その「遠隔操作ロボット」の UI も,よほどうまく作らないと,「分かる人=使える人」と「分からない人=使えない人」の差が広がってしまうのではないか。すると,「分からない人」は,やはりとことん使おうとしないだろう。いまだにメールを使わず,FAX が書類のやりとりの主流である企業も多いわけで。この社長の言う「新しい職種」とやらでも,ロボットとの連携などによほど分かり易い UI 設計をしない限り,使いこなせる人が限られてしまい,やはりその恩恵に(あずか→)与る人がごく一部になってしまう可能性を孕んでいる気がする。新しい職種など「生まれない」と言っているのではない。実際に生まれたところで,恩恵に与る人がどれほどいるのかが懐疑的なのだ。一部に留まれば,やはり「全体を」改善するには至らず,問題は残り続ける。
アイコンが勝手に変わっても,使い続けられる人は使い続ける。どのアイコンの画像がどう変わったか,わりと早めに把握できる人だ。が,それが苦手な人もいる。こうしたことで,同じ職場内でも,使い続けられる人と使えない人,使えなくなる人の間に差ができていく。
すると,その「使える人」に業務が集中する懸念が生じる。ネットの掲示板で読んだ書き込みで,職場でコンピュータを駆使し,DB(データベース)の技術を応用して仕事をこなし,「毎日定時に退社」していた人が,どんどん仕事を増やされたという話を読んだことがある。それでも定時内に仕事を済ませて退社していると,「周りは皆,残業『までして』仕事しているのに,一人だけ定時に帰るとは『けしからん』」的なこと言われたんで,辞職したとか。すると,その「どんどん増やされた仕事」をこなせる人がいなくなったわけで……結果としては,残された人の残業が長引くことになっただけだろうと思われる。残業もしないで定時内に大量の仕事をこなせるということは,仕事量あたりの人件費はスゴく「安上がり」だから,歓迎すべき人材だったはずだが,「会社」というところは,そうした見方はしないわけだ。
この話,辞表を叩き付けるだけの自信がある人ならいいが,そこまで気が強くない人は,言われるがままに残業までして仕事してしまうかもしれない。すると,健康面に影響が出てしまうのではないか。「鬱」を発症したりすれば,会社にとって「損失」だが,おそらく会社は自分で「損失」を作り出しているとは思わないだろう。使えなくなるまでコキ使って捨てるのが,イマドキの会社の「できる人」の使い方のような気がする。それで「人手不足」とか言ってはいないか?
で,似たようなことが,その「遠隔操作ロボット」の操作者で起きたらどうなるか。つまり,ロボットを操作できる人の中でも,たまたまうまく操作できるようになった人に,他の地方の施設にあるロボットまで遠隔的に操作する業務がどんどん増やされたりとか。で,それが限界を越え,その方がダウンしてしまうと……ヘタすると,全国的に一斉業務停止に陥ってしまうのではないか。それをどう防ぐのか。「使える人」と「使えない人」の差をなるべくなくすしかないと思う。「誰もが簡単に使える UI」に設計しないと,業務停止のリスクは大きいだろう。
「遠隔操作に対応した新しい職種」とやらがどんなものかまでは書いてないが,そうした「使い捨て」を助長しそうな気がして仕方がない。
時代遅れの規制や慣習は足かせになる。
ハンコと FAX から脱却できない会社が多いうちは無理だろう。そのためにコロナ感染のリスク負わせて通勤させる企業をどーにかしろよ。
介護付き老人ホームで入所者3人に職員1人を配置するなど人数が焦点の規制も,ロボットとの共創社会では見直しが求められる。遠隔診療でも対面重視の考え方が根強い。
こうしたことは「規格作り」が重要になるんだろうなと思う。たとえば,「要介護者3人に対し介護者1人」のところを,「××規格に適合のロボットを導入した施設は5人に1人でいい」とか,遠隔診療の場合は「○○や△△の症状が疑われたら直ぐ来院診療に切り替える」といった,事前に決めておくルール作りだ。が,筆者に言わせると,日本人はこの「規格作り」の下手さは「致命的」だと思う。その「ロボットとの共創社会」で求められる「見直し」とやらがうまくできると思えない。
「モールス符号」というものがある。まだ人の声で通信する技術がなかった頃に作られた,短い音と長い音の組み合わせで文字を表してやりとりするための規格。音だけに限らず,ランプの点灯と消灯といった,「スイッチがオンかオフか」という単純なことが分かれば表現できるため,簡単な仕組みで様々な応用が利く。筆者は,視覚障害者や聴覚障害者は,点字や手話より,まずモールス符号を覚えた方がいいのではないかと思うことがある。何たって,百均のようなお店で売られているブザやランプみたいなもので表現できるし,「かな」と符号の対応を覚えれば誰でも使えるのだから,コスト的にも人的にも負担が軽い。
アルファベットのモールス符号は,使われる頻度が多い文字ほど短い符号になっている。最も使用頻度が多いEは,最も短い「・」,次がTで「ー」……と,頻度の多い字の順に短い符号が割り当てられている。こうすると文を送る時,全体的にも短くなることにお気づきだろうか。一方で,日本語モールス符号はというと……ほぼアルファベットの順に「イ,ロ,ハ,……」と割り当てられているだけ。よく使う字ほど短い符号を割り当てて「文にした時,全体的に短くなる」ような配慮はほとんどないのだ。日本人の規格作りの下手さは「致命的」だと思う。
みずほ銀行,セブンペイ,ドコモ口座,初期ワクチン予約システム,COCOA(感染者近接通知システム)……私企業か公官庁かに関わらず,不具合が相次いだのはご存知のとおり。だいたい,現在の介護施設で,厚生労働省が策定した制度でうまくいっているかどうか見れば分かる。同じように厚労省に作らせればどうなるか……言うまでもないだろう。
経済学者のシュンペーターは,成長の本質は人口増など与件の変化でなく,経済活動内部で起こる革新であると説いた。
その「シュンペーター」という人をよく知らないが,人口増減に左右される経済活動など「本質的でない」という考えは,何となく分かる。たいした製品でなくても「宣伝すりゃある程度売れちゃう」し,人口が多ければその量も増える。品質に関係なく売れる。中国製品に粗悪品が多いのは,人口が多いから,どんなに品質が悪くても,それなりに売れちゃって,そこそこお金も入って来て「商売」として成り立っちゃうからだろうね。だから,粗悪品の製造業者もまたなくならない……たしかに本質的じゃないよね。そこはやはりしっかりとした「規格」を策定して,それに適合しない製品は「売っちゃダメ」な制度でもできない限りなくならないだろう。そんな規格の例が,JIS などの「工業規格」だ。
ただ,逆にどんなにいい製品でも,人口が減れば確実に売上も減る。それは絶対的に「需要が減る」ことを意味するのだから,品質を上げても売上はそう簡単には戻らないのが,「人口減」時代のつらいところ。
人口減時代には眠れる人材を活かし,……
スミマセン。今コロナニートで,暇な時は寝てます。活きますかね?
古びた規制の大胆な改革が欠かせない。必要なのは,人口が増え続けることを前提にした「常識」を崩し,人口減に合わせて社会をデザインし直す覚悟だ。
需要ばかりでなく,作る側やサービス提供側の人員も減るのだから,それに合わせて制度や運営方針なども変える必要はあるだろうね。製造業者だろうと医療介護施設だろうと,限られた人員で回さなければならなくなるわけで,そのための「遠隔操作ロボット」ではある。たとえば介護グループ下の施設が地方に散在していたとして,各施設にロボットを配置し,中央の数人でそのロボットを遠隔操作で管理できるようにすれば,まず施設ごとにロボット管理者を置く必要がなくなるわけだ。
そこで引っかかってくるのが,「施設には要介護者×人に対して○人のスタッフが常駐しなければならない」といった法制度,言い換えると「運営上の規格」のようなもの。「安全確保の監視のため」にその人数が必要だというなら,「監視する目」となり得るような,遠隔的に監視や操作ができるロボットを導入すれば,「人数」を数人ほど減らしても安全確保に及ぶ影響は少ないと考えられる。しかし「制度」をそのままにして人数を減らせば,介護施設として法的に認められなくなるから,そこは制度を「作る側」も調整が必要になる。同時に,「適切に監視をできるようにするには,どういった機能が『ロボットの側に』必要か」も含めて考えなければならないだろう。
ただ,言ったように,日本人の作る規格は,致命的にセンスがない。施設の制度は「厚労省に全部お任せ」とか,遠隔操作ロボットの仕様は「メーカーが全部決める」ではなく,施設の運営制度と遠隔操作ロボット規格の双方を,総合的に考えていく必要があるんじゃないかと思う。……またオヤクショの「縦割り」が発動して無理そうな気もするが。
● 現場が疲弊し「やる気」を感じない
述べたように,先端技術導入で医療介護現場の改善が図れるなら,これまでも次々と先端技術が導入されてきたのだから,改善されまくりのはず。現実はと言えば,ずっと人手不足などの諸問題は改善されないままだ。これまでの「先端技術」導入は,問題の悪化を少し遅らせている可能性はあるが,問題の根本的改善,解消にはつながっていないのだ。ソニーやカワサキが先端技術でロボット作ったところで,それが一部の医療介護施設にいくつか導入されて,開発費が回収できたところで終了してしまうだろうから,結果的に他の多くの施設が抱える問題は,何も解決されないままになるだろう。
「そんなことを言っているお前は,何か役立つことをしているか?」と問われそうだ。筆者の考えは「誰でも使える器具を増やすべき」というスタンス。一部の企業の持つ先端技術を応用した製品など,手に入れられる人は一部に限られる。そうではなくて,誰でも手に入れられて,特定用途ではなく,現場で様々な工夫ができる器具があれば,役に立つ場も多く,現場の実質的な改善につながるのではないかと思うのだ。
ただ,実際にそうした器具を考えたとして,筆者が一人で作って配るには限界がある。しかも「現場で工夫してもらう」ったって,「こんな使い方はどうですか?」などと紹介して回れる現場などたかが知れる。これでは,結果的にその「先端技術」のメーカーと変わらない。
そこで,そうした器具の「作り方」を公開して,現場で簡単に作れるようにする方向性を探っている。
たとえば,以下の器具は,介護現場で「寝たきりでもテレビのチャンネルボタンを押したい」とか,「遊びの時間に,何か楽器を鳴らせるようにしたい」といった要望を実現するもの。
詳しい「作り方」の説明 PDF も上記にリンクがある。興味が湧いた方は,実際に作ってみて欲しい。部品を集めるのが面倒な方は,キット販売もあり,業者(エスコアール)さんへのリンクもある。ただ,何に使う器具なのか分かりにくいと思う。特定の用途を考えたわけではないので,具体的な使い方は上記記事内の画像をご覧いただくか,あるいは「ワリバッシャー(Wary-Basher)」で検索すれば,様々な方の応用例の記事が見れると思う。動画検索すると使われ方がよく分かるだろう。
材料費は ¥500 ほどで,いずれもそこら辺で買えるもの。しかも,製作時間も 30 分くらいで作れるほど超簡単。たとえば,障害者向けのテレビのリモコンは,標準的には1~2万円,安くても数千円するが,この器具を使うと,それが ¥500 くらい(キットは千円前後)で済むことになる……となれば,あっちこっちから「『作り方』を詳しく教えて!」と,引っ張り蛸……と,思うでしょ。そうではない。少なくともここ数年は,そうした連絡は一件もない。
先日,筆者の元には別の相談が寄せられた。それは「一般的なハサミをスイッチで動かすことはできないか?」といったもの。じつは「電動ハサミ」という器具は既にあるのだが,動きが小刻みで分かりにくいらしい。普通のハサミで「チョキチョキ」と切る感覚が欲しいのだとか。
で,筆者は前述の器具を紹介して「この応用でできませんかねぇ?」などという話をした。その方は上記記事を見て,すぐさまキットを買ってくれたようだった。と言っても,ハサミに使うのではなく,別の用途を思いついたらしい。そう,そうした「現場の応用でいろいろな用途に使える」ことこそ,この器具のコンセプトだ。
逆に言えば,そうした様々な応用で活かせる可能性のある場に,まだまだ浸透していないということかとも思った。
「寝たきりでもテレビのチャンネルボタンを押せる」ようにできるなんて,介護施設ならどこでも需要がありそうなのに,筆者の元には相談が寄せられることはない。では,そうした方はどのようにしてテレビの観たい番組を観ているのか……観れているとすれば,市販の1万円以上する障害者向けリモコンを使っているかもしれない。でも,それに手が届かない場合どうするか。おそらくだが,介護者が希望の番組を点けてあげているか,あるいは変えるのをあきらめて同じチャンネルしか観れないのを我慢しているか,さもなくば,観ること自体をあきらめているのかもしれない。お金をかけるか,介護者が手間をかけるか,あるいは観ないか……それは「資金不足」であきらめるか,「人手不足」であきらめるか,「QOL(生活の質)の向上」をあきらめるか,だ。¥500 で Wary-Basher を作れば,介護者が手間をかけずに「本人が観たいチャンネルに変えられるようになる」わけだが,そうした器具があっても注目されないのだ。これで,介護福祉の現場は「資金不足だ!」とか「人手不足だ!」とか「もっと QOL 向上を!」などと言い続けているのだ。ソニーやカワサキが「ン十万(ン百万?)」で何かを作ったところで,介護現場の問題が解消するものではないだろうと懐疑的なのも,ご理解いただけるだろう。
いくら解決方法を提案しても,現場が一切採用しないのでは,解決などしない。最初に挙げた「ワープロ使用を拒否するリーダー」にも通じるものがある気がするが,リーダーだけでなく末端の現場も,疲弊しているのか何だか知らないが,問題解決に向けた行動を起こさないのだ。
じつは,前述の「ハサミ」の相談をくれた方も,同様な疑問を抱いているようだった。Wary-Basher を「即買い」してくれたように,新しい器具を導入したり,また市販のものを独自に改造したりして,その方が働く障害者施設の入所者に役立ちそうなものを精力的に試しているようだ。ところが,周囲はそれをただ見ているだけなのだとか。つまり入所している障害者のうち,その方の周囲は様々な活動が実現するものの,他の部署や「施設として」は,特に何の導入も工夫も考えないらしい。
これが「現場の最大の問題」だと思う。問題を改善しようという「やる気」を感じないのだ。「人手不足だ」というのなら,「自助具」的な器具をもっと導入して,要介護者本人で操作できるものを増やせば,その人に「つきっきり」での介護の必要性が薄れるから,その分,人員を他に回せて「人手不足」の軽減にもつながりそうな気がする。テレビで好きな番組を観たい時に,誰かがその時間にテレビを点けに行ってチャンネルを設定する……なんて手間もなくなるだろう。「でもその『障害者向けリモコン』が高価で,手に入れにくい」と言うのなら,前述した「Wary-Basher」などを作ればいい。¥500(キットは千円前後)で作れる。でも,そこまでしないのである。作ろうとする前に「どーせ作れないよ」とあきらめて,今日も「テレビを点けに行ってくれる人いないのか? 人手不足だ!」と嘆いているのが,今の介護現場に見える。「だから」いつまで経っても根本的問題が残り続けるのではないかと思う。
「自分で登ろうとしない人をハシゴの上に押し上げることはできない(アンドリュー・カーネギー)」のだ。これも,ソニーやカワサキが何を作ったところで現場の問題は解消しないだろうと思う理由のひとつ。
「何をやってもダメ」とまでは言わない。ただ,「考え方/やり方を変えないと」ダメと言いたい。ソニーやカワサキに限らず,長きに渡って,様々な企業が,様々な先端技術を駆使して,様々な製品を医療福祉分野に投入してきた今にあって,現場の諸問題に目立った改善がみられないことがその証左。背景にあるのは,民間企業の「儲け至上主義」や「採算至上主義」の傾向,公官庁では「諸権限を失なわず,部分的でも効果が認められた結果が欲しい」という「自画自賛主義」的傾向ではないだろうか。それは,何らかの制度や製品が作られても,「一部の」人や施設で使われ,「採算が合った」時点で,あるいは「効果が認められた」時点で終了してしまい,継続しない。使われ続けるうちに判明するような問題点は明確にならないから,「全体の」改善につながらない。むしろ,こういったことが繰り返されることで,現場が疲弊し,全体の改善を「阻害」している感さえある。「考え方/やり方を変える」ということは,日経の記事が述べる「社会をデザインし直す覚悟が必要」に通じるものがあるが,日経の記事は「人口減少に対応して」のデザインの話だ。一方,筆者が「変えるべき」と考えるのはそれ以前の問題で,たとえば上記で述べた「……主義」のようなもの。ただ,残念ながらそれは,それぞれの組織の存在意義に深く根差す概念だけに,そう簡単に変えられるものではない。そこに「継続せず,末端への浸透もない先端技術」に疲弊した現場の「改善に向けた『やる気』の喪失」が追い討ちをかける。かくして,問題は残り続けて来たし,今後も残り続ける。
筆者は,たとえ独りでも,「誰もが使える器具」を提唱し続けたい。